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昨年5月、刈谷かきつばたマラソンのゲストランナーとして千葉ちゃんが来た。
多分、豊田自動織機所属だからだろう。自分と同じ5kmに出場した。
スタート直前「みなさ~ん!頑張りましょ~!」っていつもの高い声で
千葉ちゃんは、スタートラインに並ぶランナーに声をかける。
とってもフレンドリーな千葉ちゃんだった。
あれから以前よりも千葉ちゃんを応援するようになったような…

そんな千葉ちゃんが昨日の北海道マラソンを最後に競技の一線から退く。

いつの間にか千葉ちゃんも30歳だったんだ…。
この記事の最初に感じたことだ。

もう一線の競技者としてモチベーションが上がらなくなったのだろう。

京都立命館宇治高から旭化成に入り、早くからトラック種目で活躍。
'96アトランタ五輪出場(10000m 5位)。

その後は故障が続き、ついにマラソン王国旭化成宗兄弟の元を去り退社。
再び走る意欲を復活させ高橋尚子と小出監督の元、佐倉ACへ。

精神的に強くなってマラソンランナーとして復活。
若い時より楽しんで走っているようになった感じだった。
旭化成の頃は多分まだ精神的に幼かったのでは…
周りや自分自身のプレッシャーに押し潰されそうになり迷って
休養したと私はそう感じた。

ロス五輪のマラソン代表の増田明美選手は(当時、川鉄千葉)
競技者としてプレッシャーに潰されてしまった。
何の因果か、ロス五輪直前に増田選手は所属先から蒸発。
精神的支えの旭化成宗兄弟の元へ…しかし説得され戻る。
今考えると精神的に支えてくれる男性が必要だったのだろう。

オリンピックでは、失意の途中棄権… 
彼女もまだ20歳そこそこの少女だった。

増田選手は、ロス五輪後、競技者として一線で復活することはなかった。
競技者の一線で活躍する選手のモチベーションの維持は、
我々の予想を遥かに超えるのだ。

しかし千葉選手は競技者として、マラソンランナーとして復活した。
以前に比べても走ることを楽しんでいるようだった。
勝負とか記録よりも走ることの意味を追求しているように…

再び千葉選手は小出監督の元を去り、たった一人でトレーニングを
続けることにしたのだが理由はわからないが、女性アスリートの多く
はコーチや監督に自分自身を特別に扱ってもらいたいケースがある。
これも私自身、同様のような気がしてならないのだが…

たった一人ではモチベーションの維持や精神的パートナーの存在が
ないと競技の一線で活躍するのは相当きつい。
もう千葉ちゃんは、精神的にも限界だったのではないだろうか。

弘山晴美選手はすでに35歳を超えているが、まだ競技者として一戦で戦っている。
そこまで活躍できる大きな要因は、夫でありコーチである
元マラソンランナーの勉氏の存在に間違いない。
二人が助け合いモチベーションを継続させているのだろう。


ジャンクスポーツによく出ている千葉ちゃんは、ちょっと天然だ。
これを機会に陸上・マラソンから離れていろんな事勉強してほしい。

大きなお世話だろうが…
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2006.08.28 Mon l マラソン l コメント (0) トラックバック (0) l top

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